り込み、そのまた景気を聞きつけて、諸商人ならびに近国近在の保養客が、ずんずん押しかけて来るものですから、平湯が思いがけぬ大繁昌を極めました。
といっても、本来いくらもない宿のことですから、附近の農家でも、小屋でも、臨時に借受けの客が溢れ、泥縄のような増築が間に合い、そうして飛騨の平湯が、ここのところ山間の一大楽土になりました。
そのくらいですから、朝も、晩も、浴槽の中は芋を盛ったようにいっぱいで、歌うもの、囃《はや》すもの、男も女も、若きも老いたるも、有頂天《うちょうてん》です。夜はまた広い場席を借りて、商売の芸人を呼ぶことでは事足らず、おのおのの得意な芸づくしがはじまる。
平常の時に於ては、これらの客は、山間田野の無邪気な団体客が一年の保養をする程度であったけれども、今年の景気は全くばかな景気で、来るほどの者がみな有頂天となって、無邪気に保養は忘れてしまいます。
こういう際にあって、人間の風俗が崩れ出すのは免れ難いことと見え、ただでさえ温泉場には、幾多のロマンスが起りつ消えつする習いなのに、こういう景気になってしまっては、若い者同士だけではなく、妻のある夫はもとより、夫のある
前へ
次へ
全433ページ中297ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング