《かご》に乗せて一緒に旅がしたい」
「何とおっしゃいます、お嬢様」
 お角は見まいとした、また、見てはならないはずのお銀様の顔を、また見直さないわけにはゆきませんでした。
 だがお銀様は冷々《れいれい》として、
「いけないの、お前だって、それをしたじゃないか。岡崎の外《はず》れから、あの方を自分の駕籠に乗せて、相乗りで来たことがあるじゃないの。お前がそれをして、わたしがそれをして悪いということがありますか」
「悪いと申し上げたのではございませんが、お嬢様――」
 お角は、言句に詰りました。呆《あき》れたからです。
「わたしはなんだか、そうして歩きたくなりました、あの方と相乗りをして、これでもう安心というところまで、旅をしてみたい気になりました。お前さん、その心持で、あの方にお話をしてみて下さい」
「それはお話を申します分には、いっこうさしつかえございませんが、お嬢様――」
 ここでお角さんは、何と要領を伝えていいか、また詰りましたけれども、急に思いついたように、
「お嬢様、あの方は只今、この名古屋にはいらっしゃいませんのです」
「ここにはいないの?」
「はい」
 お角さんは急に元気づい
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