穂先がキラリと光って、罪人の面前二尺ばかりのところを空《そら》づきに突く。
と、左の一方のが、
「突き槍!」
その一声で、罪人の右の脇腹からプッツリ槍の穂先、早くも罪人の左の肩の上へ一尺余り突抜けている。血が伝わるのを一刎《ひとは》ね刎ねて捻《ひね》る。
「うむ――」
これは本当は抉《えぐ》るそのものの絶叫。
この辺で群集の海に、
「南無阿弥陀仏――」
の声がつなみのように湧き上る。見るもののほとんど全部といっていいほどが、下を向いたり、眼をそらしたりしたものですが、今のその長く引いた罪人のうめき[#「うめき」に傍点]の唸《うな》りだけは、聾《つんぼ》ではない限りの腸《はらわた》を貫いて、生涯忘れることのできない印象を残さずにはおかないことでしょう。
それから後の、左右交互に突き出し突き抜く槍先と、一槍毎に弱りゆく罪人の唸りとを、まともに目に見、耳に留めるものはおそらく一人もなかろうと思われたのに、たった一人はありました。それはお銀様。
役目の人は知らず、こうして非人がアリャアリャと都合三十槍突いたのを矢来の側の特別席とでもいったところに立っていて、最後まで眼をはなさずに見
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