その間に当の罪人は、土壇場へ曳かれて行って馬から卸される、卸されたところに磔刑柱《はりつけばしら》が寝ている。下働きと非人と人足の都合六人が、罪人を取って抑えて、これを柱へ縛りつけようというのです。
 ここまではすいすいと運ばれて来たが、いよいよ非人の手で、下へ置かれた磔刑柱の上へ大の字に寝かされ、手は手、足は足で縛りつけられようとする時に、右の罪人が物を言いました。
「お願いがござります」
 検視の役人が聞きとがめて、
「何事じゃ」
「このお縄を、あれにおる娘に、縛らせてやっていただきとうございますんですが……」
「何と?」
「罪ほろぼしでございますからな、あの娘に、親爺を磔刑柱に括《くく》りつけさしていただきとうございます。おころ、おころ」
 罪人は、声高く呼びかけると、手持無沙汰でうろうろしていたさいぜんの尼がかけて来ました。
「おころや、お前、お父《とっ》さんを縛れや」
「え?」
「お役人様にお願い申してあるからな、お父さんをそのお縄でこの柱へ縛れ」
「え?」
「かまわないから縛れ」
 低能ではないが、狼狽《うろた》えきっている小さな尼は、この際、父の命令の意味するところを知
前へ 次へ
全433ページ中281ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング