います」
お銀様の生返事が気に入らないけれど、お角さんは、明後日ということに念を押して、この宿を出て来ました。
四十二
お角さんのイヤがるとイヤがらないとに拘らず、その翌日には、城外|土器野《かわらけの》に於て、磔刑が執り行われるのです。
今日の磔刑のその当人は、先に七里の渡頭に於て捕われた味鋺《あじま》の子鉄であることは、誰知らないものはありません。
だが、その子鉄とお銀様と何の関係《かかわり》がある、物好きにも程のあったものだと、お角さんの余憤が止まらないのも無理はありません。
絶えて久しい磔刑というものを見ようとして、沿道は人垣を築いたこと申すまでもないことです。その間を牢屋から引出されて刑場へ送られて行く子鉄は、大体に於て仕来《しきた》りの通り、裸馬に乗せられて、前に捨札、役人と非人と人足が固めて、そうしていよいよ刑場まで着いて馬から引下ろされた時に、検視詰所の背後から、ちょこちょこと走り出た者がありました。
「お父《とっ》さん、水――」
これは、小さな尼さんが竹の柄杓《ひしゃく》を捧げている。
子鉄は振返って、右の小さな尼の面《かお》をよく
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