なことを言うお嬢様だろう。平常《ふだん》おすすめ申してもなかなか人中へはお出なさらないくせに、明日という日は、進んで磔刑のおしおきを見物に行くのだという。いったい、誰がそんなことをこのお嬢様に焚きつけたのだ、縁起でもない!
 お角さんは、腹の中から縁起でもないと感じました。
 お角さんは、あれほど太っ腹な女のくせに、こんなことにかけては感情が細かいので、不吉なものや、不浄なものをいやがり怖れることが普通以上なのは、一つは商売柄であるところへ、女の弱気の方だけがその辺に集まるものですから、御多分に漏れぬ大のかつぎ屋なのです。
 ですから、今日明日という出立の日、しゃん、しゃん、しゃんとやりたいところへ、出がけにこのお嬢様が故障を唱えるだけならいいが、言うことに事を欠いて、磔刑を見に行くなんて言い出したものですから、その心中の不快といったらありません。
 けれども、お角さんという人は、お銀様にとってどうしても先天的に一目置かなければならないようになっていることは、前にしばしば見えた通りであり、いくら腹がたっても、お銀様の前でばかりはポンポン言うわけにはゆかず、先方に高圧に出られるほど、こち
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