来たのは全く判じきれない所業と思っていたのに、今になってはじめてそれと分った。
 道庵の匙加減を見ろ、すべて道庵の匙にかかって助かった奴は一人もねえ――それを言いたいためなのだ、それを言いたいために、こういうこともあろうかとの深謀遠慮が、今になって篤《とく》と腑に落ちた。
 おらが先生のすることは、全くソツがねえ、どこまで考えが深いのだか底が知れねえ――と、米友はまた舌を捲いて感じ入ったようです。
 しかし、この騒動が、米友の出動を要求するまでに至らず、自然、血のりを用いたり、川へ泳がせたりすることなく、存外あっさりと解散されたのは、連中が道庵の凜々《りんりん》たる武勇に圧倒されたわけでもなく、これはたぶん江戸より海陸二百八十八里、九州肥後熊本五十四万石細川侯の行列であろうところの供揃いが、下に下にの触れ声で、このところへ通りかかったためであります――それは、折助連は道庵の匙加減に恐れ入ってしまっているところへ、道庵主従に於ては、あえて細川の行列に怖れをなしたというわけではないが、細川侯であるとないとにかかわらず、いったいが大名の行列というものが、道庵と米友の反《そり》に合わないことは
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