え、江戸の下谷の長者町へ行けば、泣く子もだまる十八文の道庵を見損って怪我あするな、当時、人を斬ることに於ては武蔵の国に近藤勇、薩州では中村半次郎、肥後の熊本には川上|彦斎《げんさい》、まった四国の土佐に於ては岡田以蔵、ここらあたりが名代の者だが、この道庵に比べりゃあ赤児も同然、甘えものだ、これ見ろ、この匙加減をよく見てから物を申せ、すべて今日まで道庵の匙にかかって、生命の助かった奴があったらお目にかかる……」
こう言って、右の匙附きの青竹を無二無三におっぷり廻したのには、三ぴんも、折助も、らっきょう[#「らっきょう」に傍点]の味噌漬も、ケシ飛んでしまいました。
さいぜんからのいきさつを、じっと辛抱して見ていた米友。喧嘩だか、敵討だか、おででこ芝居だか、お茶番だか、呆《あき》れ返りながら、それでも道庵の言いつけ通り手出しを慎しんでいたが、急に舞台が展開して、思い設けぬ道庵先生の武勇のほどを見ると、そっくり[#「そっくり」に傍点]返らないわけにはゆきません。
最初出発の時、あの青竹へ商売物の匙をくっつけたのは、何のおまじないかと思案に余り、それをまた、ワザワザ道中かつぎ廻ってここまで
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