あろう」
「そんな覚えはありませんね」
「覚えなしとは卑怯な、身共たしかに承ったぞ、身共を三ぴんと申し、身共身内を折助呼ばわりすること、その仔細ちうはどうじゃ、返答のう致せ」
「こいつは驚いたね、御成街道の蔭口を、名古屋の枇杷島まで持ち越されたにゃ弱ったね」
「そちゃ、日頃我々を軽蔑しおる、悪い癖じゃによって、かねがねたしなめつかわそうと存じていたが、思わぬところで逢うたが幸い、いざ、三ぴんと折助とのいわれ、この場で承ろう、その返答承知致さんであれば、手は見せ申さぬぞ、ちゃ」
この時、後ろの紺看板が声を合わせて、
「そうだ、そうだ、金茶先生のおっしゃる通り、三ぴんと折助のいわれが、この場で聞きてえ、聞きてえ、道庵返事は、何と、何と――」
「ちぇッ」
道庵は舌打ちを一つして、
「何かと思えば、三ぴんと折助の講釈が聞きてえのか。そんなことは、道庵に聞かねえたって、もっと安直に聞けるところがありそうなものだが、聞かれて知らねえというのも業腹だから、後学のため教えてつかわそう、そもそも三ぴんというのは……」
この時、道庵は手に持っていた青竹を橋の欄干のところへ静かに置き、懐中へ手を入れた
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