り道庵の行手に大手をひろげてしまいました。
 ばかばかしくなってたまらないのは宇治山田の米友です。何が何だかわからないが、まるで出来損いのお茶番だ。
 ははあ、宿許を出立の時、短気を起して手出しをするなと、道庵先生に誡められたのはこの辺だな――何かふざけて仕組んだ芝居に相違ない、少し離れて見ているに限る――車を少し遠のけて、油断なくながめていると、
 その時、道庵は金十郎の前へ出て、
「わしは道庵に違えはねえが、何もお前さんたちに恨みをうける覚えはねえ」
「この場に及んで覚えなしとは白々しい、後学のため、積る怨《うら》みの数々を言って聞かそう。ならばまず第一、そちゃ、身共らが富士見ヶ原の興行になんでケチを入れたのじゃ」
「知らねえ、そんなことは知らねえ」
「知らねえというがあるか、我々りゅうりゅう工夫したものを、そちが要らざる密告で、興行中止となった無念残念――」
「そいつぁちっと迷惑だね、道庵は密告なんてケチなこたあしねえよ、こう見えても万事、強く、明るく、正しくやるのが道庵の流儀なんだからね」
「なおそれのみならず、身共先年御成街道を通行の節、三ぴんざむらいと蔭口申したこと、覚えが
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