のことはわからないが、それが多少耳ざわりになっていると、砂煙を立てて前後から走せつけた一隊が、
「道庵待て――江戸下谷長者町の町医者、しばらく待て」
「何がなんと」
道庵は思わずこんな大時代な返答をして飛び上りました。
と見れば、前面から一隊を率ゆるところのものは、おおたぶさに木綿片染のぶっさき羽織、誰が見ても立派な国侍――それに従う紺看板が都合五名。
同時にうしろから走せつけたのは、軍学者のように髪を撫でつけた、らっきょう[#「らっきょう」に傍点]頭の男、それに従うものが、やっぱり五名の紺看板。前面のおおたぶさが、
「ヒャア、お身は江戸下谷長者町道庵老でござるげな、身は金茶金十郎じゃ、はじめて御意のう得申す、以来お見知り置きくださるべえ」
「ははあ、わしは、いかにも長者町の道庵だが、何か御用ですか」
「問わでもお身に覚えがござろう、同輩、立たっしェイ」
金茶金十郎が後ろをさし招くと、紺看板が五つ六つ、
「ここで逢いしは百年目……」
「恨み重なる垢道庵」
「もうこうなった上からは」
「退引《のっぴき》させぬ袋の鼠」
「道庵返辞は」
「何と」
「何と」
これらの紺看板が、すっか
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