の野郎には伊勢は鬼門だと、あぶないところで食いとめ、
「そうら、ぐるりと廻れば三河の猿投山、三河とは三河の国のことで、三河は遠江《とおとうみ》の隣りで、遠江は遠州ともいう……お城を見な、名古屋の城を見な、金の鯱《しゃちほこ》へ朝日があたり出して、あの通りキラキラ輝いているところは素敵なもんじゃねえか」
 道庵が喋々《ちょうちょう》として米友のために風物を説明している前面から、砂煙をまいて走《は》せ来る一隊がありました。
「ファッショ」
「ファッショ」
「ファッショ」
「ファッショ」
 はて物々しいと見ていると、今度は後ろ、反対側から同じような砂煙。
「ファッショ」
「ファッショ」
「ファッショ」
「ファッショ」
 道庵は、この時ならぬ物々しい前後の物音と掛け声を聞いて変だなと思ったのは、普通、こうして馳けて来るところの一隊の人の呼び声は、
「ワッショ」
「ワッショ」
ということになっている。江戸ではまたワッショを、ワッソワッソワッソワッソとつめることはあるが、ここでは、
「ファッショ」
「ファッショ」
と聞える。土地柄で訛《なま》るのか、それとも近頃はこういう発音が流行しているのか、そ
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