古屋城下を出立した道庵と米友。
 城下を離るること約一里にして、枇杷島橋《びわじまばし》にさしかかる。
 これは尾張の国第一の大橋、東に七十二間、西に二十七間の二つの橋を中島で支えている。
 その大橋の半ば頃へ来た時分――まだ時刻は早過ぎるほど早いことですから、さしも頻繁な美濃廻りと東海、東山への咽喉首《のどくび》も、近く人馬は稀れに、遠く空気は澄みきっていたから、橋の上に立ちどまった道庵が、米友をさし招き、
「どうだ、いい景色だろう、この橋はこれ、尾張の国では第一等の長い橋でな――上から下、横から縦まで、檜《ひのき》ぞっきだ、檜のほかには一本も使わねえところが、さすが尾州領だけのものはある」
 そうして橋を一通り見せた上で、今度は頭を四方に振向け、
「今日もいい天気で仕合せだ、見な、友様、四方の山々を……そうら、あれが木曾の御岳――駒ヶ岳、加賀の白山、こちらの方へ向いて見な、ええと、あれが江州の伊吹山さ、それからそれ、美濃の養老山、金華山、恵那山……」
 道庵も名古屋城頭の経験から、もはや相当に地図を頭に入れて置くと見える、しかじかと説明して、伊勢の――と言おうとしたが、どっこい、こ
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