んひご》は、高山の町の巷《ちまた》のそれよりも喧《かまびす》しいものがありました。

         三十九

 あのことのあったその夜、何者か道庵先生の宿元へ投《な》げ文《ぶみ》をした者がありました。
 それを米友が庭から拾って来て道庵に見せると、道庵は投げ文をひろげて、仔細に読んでいるうち、みるみる顔の色が変わり、
「さあ、こうしちゃいられねえ!」
 それから天手古舞をして身のまわりの整理にかかったのが、米友によく呑込めません。
 しかし道庵としては、かくうろたえるのがあたりまえで、ただいま投げ込まれた投げ文なるものは、確かに道庵に向って、生命を脅《おびやか》すに足るべき果し状同様なものでありました。
 道庵は、米友にさえ聞かすことを憚《はばか》り怖れていたが、その内容を素っぱ抜いてみると、それは安直と金十郎から来た果し状で、その文句には、
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「道庵ノ十罪ヲ数ヘテ、之《これ》ヲ斬ルベキコト」
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 その理由とするところの大要を言ってみると、第一、今度、我々が名古屋へ来て華々しき興行をしようとしたのが、突然、中止命令を受けたというのは、こ
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