、そうして、
「かりにもお代官のおしるしだなんぞと申し触れるものがあらば、召捕って斬《ざん》に処する、これこそ全くお人違いじゃ」
叱責とも、弁明とも、要領を得ないことを言って、その連中は、代官の首ではないという生首を、手際よく収容して持って行ってしまいました。
それと前後して、もう一つ号外のようなものが飛び出したのは、お代官の門前に、こんどは生首ではない、生曝《いきざら》しが一つあるから行って見ろということであります。
なるほど――まさに生曝しがある。代官屋敷のまだ開かれない大門前の松の樹に縛りつけられている一人の若い男は、息だけは通っている。眼もあいている、口もあいているが、その眼は徒《いたず》らにポカリと開いていて、その口はダラリと舌を吐いたままのものです。これはあまり苦労なく人別《にんべつ》がわかりました。貸本屋鶴寿堂の若い番頭の政どんであることは、さほど広くもない天地に、面見知りの多い商売だけに、難なく人別はわかりましたけれども、これに何を聞いても一向わからないのです。当人は恐怖のあまり失神して、唖《おし》となってしまったものらしい。暫く安静にして置いてから後でなければ何
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