そのうちに、後ろから無理に割込んで、群集の見物のうちに頓狂な声で、こんなに叫ぶものがありました、
「おや、こりゃ、新お代官様の首じゃござらねえかしら」
「えッ」
「わしも、さっきからそう思って見とったところでがんすが……」
「わしも、そう思って見ていたところでがんすが、それを言っちゃ悪かんベエと……」
「わしも……」
「やあ、してみりゃ、これはお代官様の首かも知れねえでがんすぞ」
「まさか――でござんすめえ」
「お代官様の首じゃござるめえ」
最初から、同様な重大の疑念を持っていたものが、ひとり口火を切ると、一時に雷同してきたような形勢があります。知れる限りの誰も彼もが、これをお代官の首と思わぬものはないらしい。
だが、そう断定して、万一間違った日には……
その時です、橋桁でも落ちたかと思われる動揺があって、
「控えろ、控えろ、そのお首にさわることはならんぞ」
「滅多な流言を申し触れるものは、捕縛いたすぞよ」
堂々として、お役向が乗込んだのでありますが、人を掻《か》き分けて、その首のところに来ると、有無《うむ》なく、それをいとも鄭重《ていちょう》に拾い上げて桶に入れ、包に包み
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