―」
おやおや、助けてくれ! は少し大仰だ、だが、まだいけない、わしが悪かったから、あやまりますという口上が出ない限りは……
しかし、この「助けてくれ!」の絶叫は、かなりにすさまじく、そうして真剣味を以て響いたものでありました。
この声は、ここのお蘭さんのお茶沸かしの燃料を加えただけではなく、当然、道場にいた宇津木兵馬あたりの耳にも入らなければならないほどの絶叫でしたが、道場の方からも、何の挨拶さえもなかったのは、前同様の経路で、ここ暫くは知って知らぬ顔、聞いて聞かぬふりをして、気流をそらすのが最上の場合と兵馬もさとっているのでしょう。そこで兵馬も、どうしても、この一場の酔興が幕を下ろすまでは、窮鳥の懐ろに入ったと同様な、まだ知らないこの若い娘を擁して、道場の衝立《ついたて》の後ろに息を殺しているのが、自他を活かす所以《ゆえん》だと考えたのでしょう。
そこで、いずれからも反応もなく、喝采《かっさい》もないのに、ここ、芝生の上の新お代官の独《ひと》り茶番は、極度の昂奮をもって続演せられているというわけです。
「あ、わ、わ、あ、わ、わ」
う、う、うという、今まで連続的の母音が、今
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