にし負う宇津木兵馬もいることだし、黒崎その他の手だれもいることだし、なお本陣の方には幾多の猛者《もさ》が養うてあるのだから、出合え、出合えと呼びさえすれば、お代官自身が手を下すまでもないはずになっているのに――その声が出ない。
「う、う、う」
とお代官は、連続的に一種異様なる唸《うな》り声を立てはじめたものです。
内なるお蘭さんは、この連続的な一種異様の唸りを聞くと共に、腹をかかえて笑いこけるのを我慢がしきれなかったに相違ない、大将とうとう泡を吹いた。泡を吹いたには違いないが、まだ本式の降参を申し入れたのではない。おれが悪かった、済まなかった、今後は慎しむから、今晩のところは、ひとつかんべんしてやって下さいという口上が出てこそはじめて、開門を差許すべきもので、まだこの辺の程度で折れては、今後の見せしめのためにも悪い……と、お蘭はこんなに考えているに相違ない。
「う、う、う、う」
連続的の泡吹きが、なおつづく。
お蘭さんはいよいよお茶を沸かしきれないのを、じっと我慢している。
「う、う、う、う」
もう一息の辛抱だ、もう一泡お吹きなさい、そうすれば助けて上げます……
「助けてくれ―
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