代官は妥当にして且つ痛快な処罰法だと自分ながら感心して帰って来たが、今や、自分がちょうどその射たれた農兵と同じ立場に置かれてあるような危険を、どこからともなくひたひたと感ぜしめられてしまいました。
 武器さえあれば、自分とても腕に覚えがないではない、飛びかかって手討にもしてくれるのだが、先方に当りのつかない敵に向って、空手で飛びかかるようなことは、こちらに相応の心得があるだけに、決してできるものではない。さりとて、ここで弱味を見せて、自分が引返しでもして、先方が得たり賢しと逆襲でもして来ようものなら、いったいどうするのだ、白昼、平野の中で、鉄砲玉の一斉射撃の筒を向けられたのと同じ立場ではないか。
 酔いはすっかり冷めたし、新お代官の特別製の太いだんぶくろ[#「だんぶくろ」に傍点]が、こんにゃくのように慄《ふる》え出しました。
 この場合、最も応急の策としては、声をあげて助けを呼ぶのほかはないのだが、その声というものは、いくら張り上げても、この際、茶化されて、いよいよ相手の意地悪い沈黙を要求するよりほかの効果のないことになっている。ならば、もっといっそう大声をあげて、ここの屋敷近くには名
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