度は、あ、わ、わ、わという子音にかわっただけ、それだけ緊張がゆるんだとも聞えるし、気力が尽きたのだと想われないではありません。
 どうしたものか、その時になって、やにわに拳を振《ふる》って、その夫婦立《めおとだ》っている孟宗の蔭へ、シャニムニ武者振りついて行きました。武者振りついて行ったというよりも、孟宗の蔭に物があって、緊張がゆるみ力が尽きた呼吸を見はからって、このお代官をスーッと吸い寄せてしまったと見るのが本当でしょう。
「だあ――」
 お芝居も、だあ――まで来ればおしまいです。
 夫婦立ちの孟宗竹の蔭から、白刃が突きあがるように飛び出して、飛びかかって来た新お代官の、胸から咽喉《のど》へなぞえに突き上ったかと見ると、それがうしろへ閃《ひらめ》いて、返す刀に真黒い大玉が一つ、例の洲浜形にこしらえた小砂利の上へカッ飛んだものは、嘘も隠しもなく、そのお茶番を首尾よく舞い済ました新お代官の生首でありました。
 そこで、すべての空気がすっかり流れ去ってしまい、夫婦竹の孟宗の後ろには覆面の物影が、竹と直立を争うほどすんなりと立ち尽しているのを見れば見られるばかりです。
 お茶番にしても、あん
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