お代官は、それとは別の方面で意外な物の気《け》のするのを感じました。
それは、その辺一帯の庭は芝生になって、そのさきは小砂利を洲浜形《すはまがた》とでもいったように敷いてあったのだが、その芝生の上に、夫婦《めおと》になって二本高く茂っている孟宗竹の下で、物影の動くのを認めたからです。
甘いといったって、だらしがないといったって、そこは、新お代官をつとめるほどの身だから、甘い人には甘かろうし、だらしない場合にはだらしないだろうが、それが決して人格の全部ではない。辛《から》い時には辛酷以上に辛い、敏《さと》い時には狡猾《こうかつ》以上に敏いところはなければならないから、この物影がグッとこたえたものと見なければなりません。
「誰だ――」
無論、返事はないのです。返事のないことがいよいよ許せないのは、内と外とは全く違ったもので、内の奴は返事のないほどこちらが下手《したで》に痛み入るほかはないが、この外の奴の返事のないのは――これは全くようしゃがならない、時節柄ではあり、現に先日の夜も、こういう奴があってこの屋敷を騒がし、宿直の宇津木と黒崎とに腕をさすらせたものである。
「誰だ、今そこへ動
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