ました。でも性癖はやむを得ないもので、絶えずニコニコと嬉しそうに、クドクドととめどもないことを口走り、そうして植込から、泉水の岸から、藤棚の下、燈籠《とうろう》のまわり……をグルグルと廻っています。
その新お代官の服装を見ると、これはまた思いきやでしょう。今晩の婦人たちは、女のくせにたしなみがない、みんなだらしのない寝まき姿で、飛んだりはねたりしているこの深夜に、さすがこの新お代官だけは、きっちりと武装をしているのであります。武装といっても、まさか鎧兜をつけているわけではないが、近頃はやるダンブクロというのを穿《は》いて、陣羽織をつけていることだけは確かです。
してみれば、この新お代官、昼のうち農兵の調練を検閲に行ったということだから、あのまま深夜のお帰りで、まだ衣帯を解く遑《いとま》もあらせられず、家庭に於てまたこの調練だ――ということも、ほぼ想像がつくのであります。
果して庭を、どうどうめぐりすること三べん、またも以前の戸口まで舞い戻って来て、
「お蘭さん――」
だが、今度は意外な手答えのあるのに驚かされてしまいました。
「誰だい」
と言って戸の隙間からのぞき込もうとした新
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