いたのは。その竹のうちにひそんでいるのは何者じゃ」
鋭い声でたしなめたが、やっぱり返事はない、内からも、外からも……
そこで新お代官が焦《じ》れ出しました。
苟《いやし》くもわが城郭のうちを外より来っておかす者がある、それが、他人ならぬ主人自身の眼に触れた以上、そのままにして、今晩もまた取逃しました――では、代官の権威面目がいずれにある。
そういきり立った時に、急に、腰のさびしさを感じました。前に言う通り武装こそしているが、腰の物は一切忘れていた、刀は持たないまでも、脇差も抛《ほう》りっぱなしで出て来た――あわただしく両手を振ってみたが、得物《えもの》とてはなんにもない、思わずあたりを振向いたけれども、暗い中に転がっている物とては、芝生の上に小石一つも目に入らない。
「お蘭――刀を出せ、いや、鉄砲を、いや、用意のあの短筒《たんづつ》を持参いたせ――」
今までの、内に向いての言葉は拙い駄洒落《だじゃれ》であり、歎願であったけれども、この時のは真剣なる命令でありました。
だが、歎願も歎願ととられない限り、命令も命令として徹底しないのは是非もない。静御前《しずかごぜん》でもあろう
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