うさ》に投げ込まれてしまったのです。
 甲州の躑躅《つつじ》ヶ崎《さき》の古屋敷で、ほぼこれと同様な不幸な目に遭《あ》わされた一青年を見たことがありました。その時は、もっと念入りに虐待されて、戸棚ではない長持の中に窮命をさせられていたところの、幸内という者の運命を見ましたけれど、今は犠牲者の取扱いに於て、それよりも無雑作であるし、第一、躑躅ヶ崎の時はあらかじめ別の人があって、企《たくら》んで長持へ入れて置いたものを、偶然にもこれと同一の人間が監視に当っていたようなものでしたが、今日のは、犠牲をこしらえた者も、それを守る者も同一人で、かくして狼が羊を取ってくわえて来たように、戸棚の中に政公を投げ込んだ竜之助は、最初の通りその前の夜具の中に身をうずめて枕を高く寝込んでしまいました。
 ここで、この室の内外は、以前あった通り寂然たるものにかえってしまったが、今度は、戸も表の方だけは一帯にあけ放してあるし、室内も頼まれもしない外来者が来て、相当に取片づけておいてくれたから、この分なら誰が来て見ても、血のあとなんぞに目をみはるものはありますまい。
 こうして、短い日はグングンはしょられて行って、
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