じょ……」
と言っただけで、あとは言えないのです。
 おそらくこの男は、後ろから巻きついた白い蛇のような人間の腕が、あまり白過ぎたものだから、これはお雪ちゃんの手でなければならぬと見たのでしょう。
 自分がうたたねに落ちかけている時に、不意に立戻ったお雪ちゃんは、こっちのおどかしの裏をかいて、あべこべに自分をおどかしにおいでなすったものと、目の醒めた瞬間にはそう感じたが、次の瞬間に於て、その白い蛇のようにからみついた人間の腕というものの、吸い着いた力の予想外に強大なることに驚愕したものらしい、その瞬間に、もうお雪ちゃんのために裏をかかれたという幻覚は消滅して、自分の生命が脅かされているということを自覚した時にはすでに遅く、じょ、じょ、ごじょ……と言って寂滅したのは、冗談――お雪ちゃん、御冗談をなすってはいけませんと、言うべくして言い得なかった言葉尻であると見るよりほかはありません。
 政どんの意識はもうそれでおしまいで、あとは、その白蛇のような腕が、ぐったりとした若者をズルズルと引っぱって次の間まで連れて行き、それから、これはまた別の屏風の裏の寝間の背になっている戸棚の中へ無雑作《むぞ
前へ 次へ
全433ページ中212ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング