ながら、少しも殺気を感じなかったのでもわかるが、ひらりと鱗を見せただけで高札場の後ろに消えてしまいました。
そこからは、加賀の白山まで見とおしの焼野原――
犬の遠吠えも遠のいて、拍子木の音も白み渡って、あたり次々に鶏の声が啼《な》き渡る。
三十一
その晩、相応院へ帰って来た机竜之助は、いつもあるべき人の気配《けはい》が無いことを直覚してしまいました。
その蒲団《ふとん》の裾につまずき倒れようとして踏みこたえながら、夜具の中へ手を入れてみたのですけれども、中は冷たくありました。
その面《かお》に、近頃に見なかった、すさまじい色が颯《さっ》と流れたが、どうする手だてもないと見え、そのまま刀を提げて、さっさと屏風《びょうぶ》のうちに隠れてしまって、その後の物音がありません。
夜は全く明け放たれたけれど、今日は早く起きて水を汲む人もなし、部屋を掃除する者もなし、膳を調えて薦《すす》めようとする者もないが、座敷の一方だけはあけ放されたままです。だがあけ放されたのは、その一方だけで、他の部分は、日脚が高くなっても戸足は寂然として動かないのです。
こうして日がよう
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