し、よそから奉公に来ている娘ッ子という娘ッ子はみんな人別を調べてみたが、当りが無いというこっちゃ」
「何とかならんもんかなあ」
「明朝九ツまでにわからんと、首ととりかえせんじゃがなあ」
「そうじて泣く子と地頭にゃ勝たれんわな。水戸の烈公さんなんて、あれでなかなか強《ごう》の者《もの》でいらっしゃったるそうな」
「水戸様の奥向は大変なことだってなあ、で、以前一ツ橋様なんぞがお世継《よつぎ》になろうものなら、それ、あの親子して狒々《ひひ》のように大奥を荒し廻るのが怖ろしいと、将軍様の大奥から故障が出て、温恭院の御生母本寿院様などは、慶喜が西丸へ入れば、わたしは自害すると言って、温恭院様の前でお泣きなされたそうな」
「奥向ばっかじゃないな、御領内の女房狩りでは、百姓の女房でもなんでも御寵愛《ごちょうあい》なさるそうだげな、前中納言様が……」
 時々、水戸家に関する有る事、ない事の浮評が、この辺、この連中にまで伝わっていると見え、消えかかった提灯の蝋燭《ろうそく》が、またはずみよく燃えさかるのである。
「水戸の今の殿様は、結城《ゆうき》から入った阿《お》いねというのを御寵愛になるげなが、この女
前へ 次へ
全433ページ中203ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング