全くないことで、それがためにお雪ちゃんは、久助さんのことも、北原君のことも、白骨谷のことも、一切忘れ去るほどに緊張を感じていたことは事実です。
そうして、翌朝を待っていてみると、果して鶴寿堂がやって来て、お雪ちゃんの仕事の成績を一見するや、舌を捲いて喜び且つ賞《ほ》めあげました。
それを聞くとお雪ちゃんは、大試験が一番の成績で及第したほどうれしく感じているところへ、この出来栄えでしたら、玄人《くろうと》はだしですから、この後も続々仕事を持ち込みますによって、欠かさずやっていただきます、先日も申し上げた通り、お礼というほどのことはできませんが、今までの例によって、少々のところ、明日改めて持参いたしますから、何分よろしく――と言って、写し物の分を持って帰り、続いての仕事の三冊を置いて帰りました。
これに一層の元気と自信を得たお雪ちゃん、竜之助に呼ばれても返事を忘れるほど、机にしがみついて離れませんでした。
その翌日になると、鶴寿堂はあとの仕事を持ち込むと共に、金一封をお雪ちゃんの前に置き、一枚について幾らずつの計算で、これから無限にお引受けを願いたいと言われた時に、お雪ちゃんは胸が
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