筋にほつれている、凄いほどの美人の年増の奥様といったような魅力があるのではないか。キッと結んだ口もとには、意地の悪い深いおとし穴がある。
あの強い腕にしっかりと抑えられて、あのおろちのような唇が開いた時、あの黒い髪の毛のほつれが頬にさわる、近く寄るとあの蒼白《あおじろ》い顔の色が蝋《ろう》のように冷たくなっている、けれども、蝋よりも滑らかになっているのに、あの唇からは火のような毒。
ああ、かわいそうな人――心からいたわってやりたい。こうしているうちにも飛びついて、「ああ、先生、わたしは本当にあなたが好きでした」と、あの冷たい頬に、温い血をのぼらせてあげたい。あたしの姉さんはこの人に殺されたような気がするけれども、でも憎めない。わたしだって殺されてあげたっていいことよ。ほんとうにどうして、この人のために、こんなに尽してあげなければならないのか、わたしはこうしてうかうかと、一生を誤ってしまっているのではあるまいか、それも誰のためだと思います。
ほんとうに、先生、これからのわたしを、どうして下さるの……
お雪ちゃんは、竜之助の面を見ているうちに、何ともいえない物狂おしい心持でからだの
前へ
次へ
全433ページ中175ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング