を持っていたから、それで、強《し》いて手出しをしなかったのですが、ここでみんながもてあまし出したのを見ると、気の毒になりました。
 なるほど、見たところでは、さほど苦しまずに抜き出せそうであるが、中の食い合せがしぶといに違いない、無理はいけないな、と思っているうちに、やっぱり無理をしたがります。無理引きをしたり、無理押しをしたりしているうちに、周囲にわたっての土台が非常に痛んでゆくことを見ないわけにはゆきません。それに、こんなことでは、この石一枚を外すのに半日かかるかも知れない。これでは、せっかく棟梁に賞《ほ》められようと思ってした仕事が、叱られる様子になるのもかわいそうだ。
 そこで与八は、ついつい手を出してやる気になりました。
「わしがひとっきりやってみますから、皆さん退《ど》いていてごらんなさい」
 一同は、思わず手を明けて与八を見ると、無雑作に寄って来た与八は、郁太郎を背負ったままで、軽く両手をその一枚石にかけたものです。その時に、右の一枚石が与八の手にかかって、ほとんど篩《ふるい》を廻すような軽みで左右に揺れ出したのには、一同が舌を捲かずにはおられませんでした。
 腕に覚えの
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