いのを認めっぱなしで年月もところも入れてない。
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失恋ノ悩ミニ堪ヘ兼ネテ今月今日此ノ処ニ来レリ
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と、若い男の筆で書いてある。
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来てみればさほどでもなし大菩薩
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とぶっつけたのもある。
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我慢大天狗
邪慢大天狗
打倒大天狗
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と走らせたのもある。
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借金スルノハツライモノ
鍋釜マデモミンナ取ラレテ
スツテンテン
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と、途方もない自暴《やけ》を飛ばしたのもある。そうかと見れば、また一方にやさしい女文字、
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「三寸の筆に本来の数寄を尽して人に尊まれ、身にきらを飾り、上も無き職業かなと思ひし愚さよ――我も昔は思はざりしこのあさましき文学者、家に帰りし時は、餅も共に来《きた》りぬ、酒も来りぬ、醤油も一樽来りぬ、払ひは出来たり、和風家の内に吹くことさてもはかなき――」
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何の意味とも知れないが、その筆つき優にやさしく、前の大吉、あやめの二人名の女文字になんとなく通う
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