があいて、そこからなんともたまらない悲しみの風が濛々《もうもう》とこみ上げてきました。
七兵衛自身でも何が今、自分をこんなに悲しいものにしたのか、ちっとも分りませんが、ひとりでに悲しくなって、悲しくなって、もうとめどなく涙がこぼれ返って来て、隠そうにも隠すことができなくなったから、ぜひなくことにかこつけてこの席を外《はず》し、そうして歓楽の室外へ一歩出て行って見ました。
どの室も早やよく取片づいていて、すべての人気《ひとけ》というものが、あの晩餐の席へ集中されてしまっただけに、ほかの部屋のガランとした淋しさ、もうすでに主無き家という気分が、ひしひしと身に迫るのを感じてみると、七兵衛はここでもたまらなくなって、ほとんど声をあげて泣こうとして僅かにそれを噛《か》み殺してしまって、我知らず馳込んだのは、駒井の常に研究室とするところの部屋であります。
さいぜんまでは守護不入になっていたこの研究室も、明日立つことになってみれば、すっかり開放されている。その中に走り込んだ七兵衛は、いつも駒井が研究に疲れた眼を放つところの窓に来て、そこにしがみつきました。
何だか知れないが、涙だ、涙だ。こん
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