、鹿島だけで帰るということだから、もう帰っていなければならないのに、杳《よう》としてその便りが無いのは、心配といえば心配だが、あの先生のことだから、途中、何か遊意|勃々《ぼつぼつ》として湧くものがあって道をかえたのか、そうでなければ、会心の写生に熱中して帰ることを忘れているのだろう――
とにかく、自分としては、このまま船を行方《ゆくえ》も知らぬ外洋へ向けて出発せしめんとするのではなく、ひとまず陸前の石巻《いしのまき》へ回航させて、かの地を第二の根拠として、なお修復と改良を加えてからのことだから、仮に先発してみたところで、石巻へ同志を呼び集めるのは至難のことではない。
そう思い立つと、駒井は一日も早く出帆するに越したことはないという気分に迫られ、乗組一同もまた、喜んで出帆の一日も早からんことをせがんでいるくらいです。それと一方、毎日毎日、番所や造船所を三々五々としてうろつくならず[#「ならず」に傍点]者や、土地の住民らの目つき、風つきの険しくなるのとに迫られ、天候も見定めたし、そこで駒井も、いよいよ明早朝に出帆のことを一同に申し渡し、そうして今晩はこの番所で、立退きの記念の意味での晩
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