れにもう年を食ってるからな、物事を心得ていらあな。手前はまだ若いから無理もねえといえば無理もねえのさ」
 米友としては、つとめて気を練らして、食物を与えることから、おしめ[#「おしめ」に傍点]の世話までして育ててやることにしている。
 米友のこの稀有《けう》なる心づくしが少しもわからない子熊は、食物をあてがわれる時のほか、恩人を眼中に置かず、排泄《はいせつ》の世話まで米友に焼かせているくせに、ちょっと眼をはなせば脱走を試みたがって油断もスキもならない。先日、道庵の講演の席を滅茶にしたのも、実は米友として、熊の素質をムクを標準に信じ過ぎたものだから、あんな結果になった。
 米友としては、檻を出して、座敷へも、庭へも、連れ出して遊ばせてやりたくもあるし、また足柄山の金太郎は、絶えず熊と角力《すもう》をとって戯れていたということだから、子熊ではあっても、熊というやつがどのくらいの力を持っているものだか、自分の手でひとつ験《ため》してみてやりたいと思うのは山々だが、それができないということを感じ、こうして檻からちょっとも外へ出さないで置くだけに、いっそう骨も折れる。
 すべてに於てムクなんぞと
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