り、先頃まではお雪ちゃんの部屋であったところの柳の間の隔ての襖《ふすま》がサラリとあいて、そこから有無《うむ》を言わさず乗込んで来たものがあるので、ピグミーは逃げようとしても逃げられない。
「泣くことはないじゃないか、取って食おうともなんとも言やしないよ、お前と一緒に遊んであげたいから来たんじゃないの」
しかも、乗込んで来たその主《ぬし》の乗物というのは、一肩の釣台でした。
戸板へ畳を載せて、その上へ荒菰《あらごも》を敷いたばかりの釣台の上へのせられながら、口を利《き》いているのが、イヤなおばさんというんでしょう。だが、釣台を担《かつ》ぎ込んだのは誰だか、駕籠屋もいないし、親類組合の衆も附添うているというわけではない、隔ての襖がひとりでにあいて、その間から、すーっとひとりでに釣台が流れ込んで来たようなものです。
この釣台の乗込みによって、極度の恐怖におびえきったピグミーは、
「わあっ! おばさん、来たね、おばさん、裸じゃないの、この寒いのに、どうして裸で来たの、驚いたね」
泣きわめきながらピグミーは釣台の上を見ると、まさにその通り、釣台の上にのせられたイヤなおばさんは、一糸もつけぬ素裸です。あのデブデブ肥った肉体が、いまだに生ける時のようにブヨブヨしている。その色が以前よりは白くなったように見えるだけで、ブヨブヨした肉体はちっとも変りがないらしい。
「裸じゃ悪かったかい」
「だって、おばさん、裸で人前へ出るなんて……第一、寒いじゃありませんか」
「寒かろうと、寒かるまいと、わたしゃ着物が無いから、裸でいるんだよ」
「着物が無い――そりゃ嘘でしょう、おばさんはあの通り衣裳持ちじゃありませんか」
「でも、無いから、こうしているのさ」
「どうしたんです、そら、あの、若くて気がさすのなんのとおっしゃっておいでだったが、まんざらでもなかりそうな、あの小紋の重ねなんぞは、どうなさいましたね」
「あれかね、あれは人に取られちまったよ」
「人に取られた? おばさんほどにもない。いったい、誰に取られたんです」
「きいておくれよ、憎らしいじゃないか、あのお雪ちゃんという子、あの子に取られてしまったんだよ」
「お雪ちゃんに……これは驚きましたね、あの子は人様のものなんぞに手をかける子じゃなかったはずですがね」
「あの子が取ったんじゃないけれど、取ってあの子に着せた奴があるんだから憎いじゃないか」
「憎い、憎い、そんな奴は憎い、拙者が行って取戻して上げましょうか」
「遠いよ」
「遠いったって、どこです」
「飛騨《ひだ》の高山だよ」
「飛騨の高山……そいつぁ、ちっと困りましたね、行って行けないことはないが、行って来る間に、おばさんが凍え死んじゃつまりませんからね」
「誰も行っておくれと頼みゃしない、その親切があるなら、もっと近いところにあるじゃないか」
「近いところって、ドコです、近いところにゃ古着屋はありませんぜ、おばさんの着る着物を都合するような店は、当今の白骨にはございませんよ」
「ないことがあるものか」
「ありませんよ」
「あるよ、あるからそこへ行って工面《くめん》しておいで」
「弱りましたねえ、どこを探したら、おばさんに着せる着物があるんですか」
「お浜さんのところへ行って借りておいでよ、あの人は、ほら、幾枚も幾枚も、畳みきれないほど持っていたじゃないか」
「えッ!」
泣きじゃくりながら応対していたピグミーは、この時、しゃくりの止まるほどの声で、
「あれはいけません」
「どうして」
「何枚あっても、ありゃみんな血がついていますから、一枚だって着られるのはありませんよ」
七
仰向けに釣台の上に裸で寝かされているイヤなおばさんは、別段に寒いとも言わないのに、ピグミーがしきりに節介《せっかい》を焼きたがる。
「それじゃ、どうしても飛騨の高山へ行って、あの小紋を取戻して来るよりほかはありません、僕が行って来ます」
「よけいなことをおしでない、あの着物はあの子に着せておいてやります、そうして、わたしのあとつぎにするつもりだよ」
「え、お雪ちゃんをおばさんの後嗣《あとつぎ》にですか」
「そうだとも、いまに見ていてごらん、あの子を立派な男たらしにしてみせてやるから」
「えっ、あのお雪ちゃんを、おばさんのような助平にしようというのですか」
ピグミーが飛び上るのを、
「気をつけて口をお利《き》き、出放題を言うと承知しないよ」
「畏《かしこ》まりました、それでは高山へ行くのは見合せにするとしましてもですね、現在、そうして裸じゃいられませんね。といって、着物の工面はなし……ああ、いいことがある、あんまりいいことでもないけれど、背に腹は換えられませんや、こいつをお召しなさっちゃどうです、当座の凌《しの》ぎに、この弁信のやつを引っか
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