井を案内して、以前の爆発の場所へ連れて来ました。
そのあたりは、一面に煙硝《えんしょう》の臭気はするが、火は消えてしまっている。外部からもなんら闖入《ちんにゅう》の気色はない。提灯を点《とも》して用意深く検分した結果は、七兵衛を驚かした火の玉なるものは、大砲を打ち込んだわけでもなければ、爆弾を投げたのでもなく、この辺でよくやる花火の筒をこちらへ向けて打ちこんだのだから、どう間違っても、ボヤか、火傷以上の害を加えるものでないということを駒井は見届けたけれども、その時、石垣の下から、塀、逆茂木《さかもぎ》から海辺へかけての生田の森が、ワッと喚声でわき上ったことです。同時に、一帯がうすら明るくなると共に、二発、三発と続いて轟然たる爆発の音が起りました。
ズドーン
ズドーン
といっても、本来はコケおどしで、海岸で急に花火を揚げ出したまでのことですが、その花火も示威脅迫の音を含んでいることは勿論《もちろん》で、今の二三発は確かに上へ向けて放ったが、やがてその次は、また最初のようにこちらへ向けて飛び込ませないとは限らない。
この分では、今夜こそ彼等は、焼打ちをはじめるかも知れない、こちらを焼打ちするくらいだから、船の方もあのままで置くはずがない、双方取囲まれてからでは遅いから、今のうち御一同は船へお引揚げなさい。
この連中を相手に応戦することの無益なのは勿論だから、七兵衛の提議で、こういうことになりました。殿様はじめ一同は、一刻も早く船へ避難なすった方がよい、あとのところは、私がどのようにでも引受ける。
今のうち、同勢にムクを護衛として船まで御避難なさる分には何でもない、あとは私が喰い止められるだけ喰い止めて、それから単身《からみ》でお船へ馳けつけます。なあに、私の身の上なら御心配には及びません、こんな連中に囲まれようとも、追いかけられようとも、それを抜け出す分には何でもありませんから、私の方は御心配なく。あなた様はじめ女子供たち、それの避難が何よりの急でござります。万一、私が後から馳けつけるのに手間がとれ、悪い奴がお船の方を囲むようなことにでもなりましたら、私におかまいなくお船を海へ出しておしまい下さい。
再々申し上げる通り、私の方はどうにでもなります、うまくこいつらが退却すれば、ここに踏み止まって田山先生のお帰りを待って、あとからお船をお慕い申して、陸路をその奥州の石巻とやらまで走《は》せ参じてもよろしうござります。
その辺は一切、御心配なく、どうか一刻も早くこの場を御避難下さるように。
七兵衛のいうところに理があるのみならず、こうして立ち話をしている間にも、寄手の人数が続々と増して来るのは明らかで、今までなるべく暗くしていたのが、爆竹のように焚火をはじめたかと思うと、また轟然たる響、大砲ではない、花火をまたしても打ち込んで、物置の裏あたりへ来て爆発させたもののようです。
同時に、今まで声を立てなかったムクの凄《すさ》まじい吠え声が起りました。その声は、攻めていいのか、守っていいのか、大将の命令を促す吠え声なのです。つまり、群がる寄手の中へ走り込んで戦うべきであるか、或いは主従この場をお立退きならば、不肖ながら拙者がその先導なり、殿《しんがり》なり勤めまする、いずれにしても猶予は禁物――との陣触れを、七兵衛と呼応して促すものにちがいありませんから、駒井も決心しました。
まもなく、七兵衛の献策通り、ムクを先導に、駒井とマドロスとが前後に警衛となって、楽しい晩餐の席の女子供のすべてが、造船所へ向って闇の中を急ぐのを見ました。同時に、番所に踏み止まった七兵衛は、どういう了見《りょうけん》か、今まで暗くしてあった大手の方へ向いた番所の室々へすっかり明りを点けて明るくしてしまい、自分はその部屋部屋を走《は》せ廻《めぐ》って、処分の残るものはないか、大切の品であるべくして置き忘れたものはないか――その辺の検《しら》べをはじめました。
番所の中が一時に明るくなったと見ると、外の寄手は一時、鳴りを沈めていたようでしたが、やがて山の崩れるようなトキの声を一つあげました。
それと共にまた轟然《ごうぜん》たる一発、物置の屋根へ落ちてそこへ火がついたのを窓越しに見た七兵衛――奴等、最初のうちは、奴等のイカサマ大砲と違ったすばらしい洋式の本物がこっちにあって、そいつの仕返しを怖れていたに違いないが、こっちが相手にならないと見て、コケ嚇《おど》しを打ち出したな。
おやおや、この部屋は田山先生のお部屋だな、ほかの部屋部屋は残りなく船の方へ移されているけれども、このお部屋だけはそっくりだ、失礼だが、たいして金目のものは無かりそうだが、お描きになったものがたくさんある、他人には分らないが、御当人にはずいぶん丹念な種本かも知れない、これを暴
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