!」
 ちぇッ、またしても、今日この頃は時候のせいか、よくよく磔刑を見たがる人ばっかり――人面白くもない、と、お角さんがうんざりして、
「お若い時分には、そんなものを見たがるものではありませんよ」
「でも、見ようとしても、一生に一度見られるか、見られないか、わからないものだから」
「そんなもの、一生見ないで過ごせれば結構じゃありませんか」
「おばさんは、嫌いなのかね」
「誰が磔刑の好きな奴があるもんですか――わたしなんぞは見るどころか、聞いてさえもいやなんです」
「そうですか、それでは話すのをよしましょう」
 そう素直に出られてみると、お角さんも、自分の弱気に向って憐れみを受けたような気になって、
「と言ったものですが、時と場合によればいやなものを見届ける度胸も大事ですね。怖がるわけじゃないが、虫が好かないだけなんです。いったい、今日磔刑の当人というのはどんな奴なんですか」
「おばさん、まだそれを知らないの、味鋺《あじま》の子鉄のことじゃないか」
「いっこう存じません、旅先のことだもんですから」
「では、その味鋺の子鉄なるものの来歴を話してあげようか」
と言って美少年は、前述のような凶賊で味鋺の子鉄があることと、役向が、それを捕えるに苦心惨憺していたが、その女の子が一人あったのを尼にして、それを囮《おとり》にして首尾よく捕ったことを説いて聞かせると、勢い今日のお仕置の場で、その子尼が親に水を飲ませ、親を磔刑柱の上へ縛りつけたことまで説き及ぼさねばなりません。それを事細かに話されて、お角さんが変な気になってしきりにうなされてしまいました。今の先は聞いてもいやだと言った磔刑の話を、知らず識《し》らず、根掘り葉掘り聞くようになってみると、この美少年の知識は人伝《ひとづて》ですから、お角さんの根掘り葉掘りに対して、つまり味鋺の子鉄なるものの生立ちから、性質の細かいことなんぞは知っていようはずがないから、勢い、どうしても、磔刑の場で見た子鉄の印象を深く語って聞かせるより仕方はありませんでした。
 しかし、こうなってくると、お角さんは、どうしても味鋺の子鉄なるものの本質を、もっともっと深くつきとめねばならない気がしました。
 そうして、お茶やお菓子をすすめながら、話がかなり深刻になって行ったが、やがて美少年は、
「それはそうとして、おばさんは、いつ名古屋をお立ちなの」
「明日は
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