間違いっこなし」
「では、必ず清洲へお立寄り下さいよ、待っていますから」
「それも間違いございません」
「では、今日はおいとまをします」
こう言って、美少年は立ちかけました。
「まだよろしいじゃありませんか」
「いや、ちょっとお立寄りのつもりを、かなり長く話し込んでしまいました」
美少年はどうしても辞して帰るべき頃合いとなったので、お角さんは、それを丁寧に送って出ました。
こうして見ると、二人はもう、かなり心安立てになっている。それは、お角さんもああいった気性であり、この美少年も、お角さんがはたで危ながるほど切れる性質に出来ているくらいだから、話も、息も、合うところがあって、それで、この逗留中も、名古屋へ出かけるごとに蒲焼のお角さんの宿をたずねて、相当に親密になっているらしい。送られて廊下を歩みながら美少年が言う、
「わたしも、ことによると近いうち、九州へ行かねばならぬようになるかも知れませぬ」
「たいそう遠いところへ、それはまたどうしてでございます」
「落ち行く先は、九州|相良《さがら》……というわけではないが、肥後の熊本まで、退引《のっぴき》ならずお供を仰せつかりそうだ」
「それは、大変なことでございますね」
と言っているうちに玄関へ来ると、お角が女中たちに先立って、この美少年のために履物《はきもの》を揃えてやりました。
「これは恐縮」
と言って草履《ぞうり》を穿《は》く途端に、ちょっとよろけて、美少年の手がお角の肩へさわりました。お角はそれを仰山に抑えて、
「おお、お危ない、お年がお年ですから、お足元に御用心なさいまし」
「いや、どうも済みません、では、明日はお待ち申していますよ」
この途端に、すっと入違いに無言で、大風《おおふう》に入って来た人がありました。
それは、土器野から廻り道したものか、この時刻になって立戻って来たお銀様でありましたから、機嫌よく美少年を送り出した途端に、この気むずかしやの苦手《にがて》を迎えねばならぬお角さんは、ここでちょっと気合を外《はず》されてしまった形で、
「これはお嬢様、お帰りあそばせ」
今まで美少年を相手にしていた砕けた気分がすっかり固くなり、言葉の折り目もぎすぎすしているようで、我ながらばつが悪いと感ぜずにはおられません。
四十四
そうして置いてお角さんは、お銀様の部屋へ御機嫌伺いに出
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