の野郎には伊勢は鬼門だと、あぶないところで食いとめ、
「そうら、ぐるりと廻れば三河の猿投山、三河とは三河の国のことで、三河は遠江《とおとうみ》の隣りで、遠江は遠州ともいう……お城を見な、名古屋の城を見な、金の鯱《しゃちほこ》へ朝日があたり出して、あの通りキラキラ輝いているところは素敵なもんじゃねえか」
道庵が喋々《ちょうちょう》として米友のために風物を説明している前面から、砂煙をまいて走《は》せ来る一隊がありました。
「ファッショ」
「ファッショ」
「ファッショ」
「ファッショ」
はて物々しいと見ていると、今度は後ろ、反対側から同じような砂煙。
「ファッショ」
「ファッショ」
「ファッショ」
「ファッショ」
道庵は、この時ならぬ物々しい前後の物音と掛け声を聞いて変だなと思ったのは、普通、こうして馳けて来るところの一隊の人の呼び声は、
「ワッショ」
「ワッショ」
ということになっている。江戸ではまたワッショを、ワッソワッソワッソワッソとつめることはあるが、ここでは、
「ファッショ」
「ファッショ」
と聞える。土地柄で訛《なま》るのか、それとも近頃はこういう発音が流行しているのか、そのことはわからないが、それが多少耳ざわりになっていると、砂煙を立てて前後から走せつけた一隊が、
「道庵待て――江戸下谷長者町の町医者、しばらく待て」
「何がなんと」
道庵は思わずこんな大時代な返答をして飛び上りました。
と見れば、前面から一隊を率ゆるところのものは、おおたぶさに木綿片染のぶっさき羽織、誰が見ても立派な国侍――それに従う紺看板が都合五名。
同時にうしろから走せつけたのは、軍学者のように髪を撫でつけた、らっきょう[#「らっきょう」に傍点]頭の男、それに従うものが、やっぱり五名の紺看板。前面のおおたぶさが、
「ヒャア、お身は江戸下谷長者町道庵老でござるげな、身は金茶金十郎じゃ、はじめて御意のう得申す、以来お見知り置きくださるべえ」
「ははあ、わしは、いかにも長者町の道庵だが、何か御用ですか」
「問わでもお身に覚えがござろう、同輩、立たっしェイ」
金茶金十郎が後ろをさし招くと、紺看板が五つ六つ、
「ここで逢いしは百年目……」
「恨み重なる垢道庵」
「もうこうなった上からは」
「退引《のっぴき》させぬ袋の鼠」
「道庵返辞は」
「何と」
「何と」
これらの紺看板が、すっか
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