り道庵の行手に大手をひろげてしまいました。
ばかばかしくなってたまらないのは宇治山田の米友です。何が何だかわからないが、まるで出来損いのお茶番だ。
ははあ、宿許を出立の時、短気を起して手出しをするなと、道庵先生に誡められたのはこの辺だな――何かふざけて仕組んだ芝居に相違ない、少し離れて見ているに限る――車を少し遠のけて、油断なくながめていると、
その時、道庵は金十郎の前へ出て、
「わしは道庵に違えはねえが、何もお前さんたちに恨みをうける覚えはねえ」
「この場に及んで覚えなしとは白々しい、後学のため、積る怨《うら》みの数々を言って聞かそう。ならばまず第一、そちゃ、身共らが富士見ヶ原の興行になんでケチを入れたのじゃ」
「知らねえ、そんなことは知らねえ」
「知らねえというがあるか、我々りゅうりゅう工夫したものを、そちが要らざる密告で、興行中止となった無念残念――」
「そいつぁちっと迷惑だね、道庵は密告なんてケチなこたあしねえよ、こう見えても万事、強く、明るく、正しくやるのが道庵の流儀なんだからね」
「なおそれのみならず、身共先年御成街道を通行の節、三ぴんざむらいと蔭口申したこと、覚えがあろう」
「そんな覚えはありませんね」
「覚えなしとは卑怯な、身共たしかに承ったぞ、身共を三ぴんと申し、身共身内を折助呼ばわりすること、その仔細ちうはどうじゃ、返答のう致せ」
「こいつは驚いたね、御成街道の蔭口を、名古屋の枇杷島まで持ち越されたにゃ弱ったね」
「そちゃ、日頃我々を軽蔑しおる、悪い癖じゃによって、かねがねたしなめつかわそうと存じていたが、思わぬところで逢うたが幸い、いざ、三ぴんと折助とのいわれ、この場で承ろう、その返答承知致さんであれば、手は見せ申さぬぞ、ちゃ」
この時、後ろの紺看板が声を合わせて、
「そうだ、そうだ、金茶先生のおっしゃる通り、三ぴんと折助のいわれが、この場で聞きてえ、聞きてえ、道庵返事は、何と、何と――」
「ちぇッ」
道庵は舌打ちを一つして、
「何かと思えば、三ぴんと折助の講釈が聞きてえのか。そんなことは、道庵に聞かねえたって、もっと安直に聞けるところがありそうなものだが、聞かれて知らねえというのも業腹だから、後学のため教えてつかわそう、そもそも三ぴんというのは……」
この時、道庵は手に持っていた青竹を橋の欄干のところへ静かに置き、懐中へ手を入れた
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