しましたが、そのいでたちを後ろから見れば、以前とは趣が変った、一種異様なものがないではありません。
 第一、先に立つところの道庵、風采《ふうさい》は来た時と変らないが、佐倉宗五郎が三枚橋へでも出かけるように、懐中に大奉書を七分三分に畳み込み、肩に例の匙附きの青竹を担いだということが、判じ物のようです。
 これに反していつも杖槍を肩から離さないところの米友が、今日は箱車を曳いての出立であるから、槍も、荷物も、車の片隅に置かれてある。一見すれば、道庵が米友の株を奪って杖槍を持つことになったようにも見えるが、よく見れば道庵のは杖槍ではなく、匙のついた青竹だということがよくわかります。
 何故に道庵が、この際、恭《うやうや》しく奉書なんぞを畳み込み、匙のついた青竹なんぞを担ぎ出したのだか、米友としては、おまじないよりほかは考えることはできないが、では、何のために左様なおまじないをしなければならぬかということは、思案に能わないのです――ただ、そのうちには分ることがあるから深く気にかけるまでのことはないと、米友は、あきらめてしまっているばかりです。

         四十

 こうして、未明に名古屋城下を出立した道庵と米友。
 城下を離るること約一里にして、枇杷島橋《びわじまばし》にさしかかる。
 これは尾張の国第一の大橋、東に七十二間、西に二十七間の二つの橋を中島で支えている。
 その大橋の半ば頃へ来た時分――まだ時刻は早過ぎるほど早いことですから、さしも頻繁な美濃廻りと東海、東山への咽喉首《のどくび》も、近く人馬は稀れに、遠く空気は澄みきっていたから、橋の上に立ちどまった道庵が、米友をさし招き、
「どうだ、いい景色だろう、この橋はこれ、尾張の国では第一等の長い橋でな――上から下、横から縦まで、檜《ひのき》ぞっきだ、檜のほかには一本も使わねえところが、さすが尾州領だけのものはある」
 そうして橋を一通り見せた上で、今度は頭を四方に振向け、
「今日もいい天気で仕合せだ、見な、友様、四方の山々を……そうら、あれが木曾の御岳――駒ヶ岳、加賀の白山、こちらの方へ向いて見な、ええと、あれが江州の伊吹山さ、それからそれ、美濃の養老山、金華山、恵那山……」
 道庵も名古屋城頭の経験から、もはや相当に地図を頭に入れて置くと見える、しかじかと説明して、伊勢の――と言おうとしたが、どっこい、こ
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