んひご》は、高山の町の巷《ちまた》のそれよりも喧《かまびす》しいものがありました。
三十九
あのことのあったその夜、何者か道庵先生の宿元へ投《な》げ文《ぶみ》をした者がありました。
それを米友が庭から拾って来て道庵に見せると、道庵は投げ文をひろげて、仔細に読んでいるうち、みるみる顔の色が変わり、
「さあ、こうしちゃいられねえ!」
それから天手古舞をして身のまわりの整理にかかったのが、米友によく呑込めません。
しかし道庵としては、かくうろたえるのがあたりまえで、ただいま投げ込まれた投げ文なるものは、確かに道庵に向って、生命を脅《おびやか》すに足るべき果し状同様なものでありました。
道庵は、米友にさえ聞かすことを憚《はばか》り怖れていたが、その内容を素っぱ抜いてみると、それは安直と金十郎から来た果し状で、その文句には、
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「道庵ノ十罪ヲ数ヘテ、之《これ》ヲ斬ルベキコト」
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その理由とするところの大要を言ってみると、第一、今度、我々が名古屋へ来て華々しき興行をしようとしたのが、突然、中止命令を受けたというのは、これは道庵の密告が因を為しているにきまっている――
次に、道庵が長者町へ開業しても吾々へ渡りをつけずに十八文で売り出したために、同業者が非常に迷惑をしていること、且つまた、道庵が日頃、傲慢無礼《ごうまんぶれい》にして、人を人とも思わず、我々をつかまえて三ぴんだの、折助だの、口汚なく罵《ののし》るのみならず、我々の先棒となっている安直先生をつかまえて、ラッキョ、ラッキョ、ラッキョの味噌漬なんぞと聞くに堪えない雑言《ぞうごん》を吐く、道庵自身は相当の実入《みい》りがあるのに子分を憐まず、ためにデモ倉やプロ亀の反逆を来たしたことの卑吝慳貪《ひりんけんどん》を並べ、そのくせ、自分はいっぱし仁術めかして聖人気取りでいるが、今度の道中なんぞも、従者の目をかすめて宿場女郎を買い、或いは飯盛に戯れる等の罪悪数うるに遑《いとま》がない、この上もない偽仁術聖人である。それにも拘らず、到るところで買いかぶって歓迎することの風教に害ある点など、都合十罪を数えて、道庵を名古屋城下から逐《お》い、これを城外に斬ってとらなければならないとの檄文《げきぶん》でした。
これを見たものですから道庵先生が、急にあわて出し
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