所つき合いをしていた農兵のことだ、どうも敵を打つ分にはその気分になれるが、仲間を一人、前へ据えて置いて、それを打てと言われたんじゃ、みんな面《かお》を見合わせる」
「人情はそうしたものだが、打ちきれないでいる組の者を、お代官が目をむいて睨《にら》んで、貴様たち打てなけりゃ、みんな揃って立て、ほかの組に、貴様たちもろとも打たしてやる――とこう来たもんだから、二言はねえ、とうとう目かくしをして、原っぱの真中に押立てた奴を、三十人の同輩が銃先を揃えてうち殺してしまったものだ」
「いやなものを見ちまったな」
「ほんとにいやなもんだ、泥棒でこそあれ組の者だからなあ――打った方も面の色がなかったさ――」
「うむ、そうだろう、罪なお仕置だなあ、罪は盗人にあるとはいえ、何とかほかに罰のくわせようもありそうなもんだ」
「お代官の威光だから仕方がねえさ」
「泣く子と地頭にゃ勝たれねえ」
 その時分に、
「駕籠屋」
「はい、はい」
「申し附けた通り来ているか」
「はい、はい、お申しつけの通り二梃揃えてまいりました」
「ここへ寄せろ、して、郡上街道を南へ向って、急げるだけ急ぐのだ、急病人だからな」
と言って、自分の小腋《こわき》にかいこんで来た一個の人間を、一方の駕籠の中に投げ込んで、さて自分はその背後《うしろ》の方へ乗りました。
 かくして、二挺の駕籠は、郡上街道を南に、まだ真暗な暁をひた急ぎに急がせる。単に郡上街道を南に急げと言われただけで、その郡上街道のいずれの地点に止まるのか、そのことは駕籠屋も聞かず、乗り手も教えず、ただ一刻を争うげな急病人、ためらおうものなら命にかかる、その命というのは病人そのものの命ではない、今も言う通り代官の威光を着た高圧が自分の生命になる、そこで、へたな念を押すよりは、言われた通りに向って、とりあえず急ぎさえすればいいのだ。

         三十七

 その翌早朝、飛騨《ひだ》の高山の上下を震駭《しんがい》させる一事件が起ったというのは、中橋の真中に人間の生首が一つ転がっているということを、朝がけの棟梁が弟子を引連れて通りがかりに発見したというのが最初です。
 これが、京、大阪、江戸あたりの今日この頃ならば、生首の二つや三つ転がっていたからとて、そんなに驚くがものはない時節柄ではありますけれど、何をいうにもここは都塵を離れたる天地の、飛騨の高山の真中の
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