まり身が入り過ぎている。こちらも少々、からかい方の薬が強過ぎたと、折れて出たのが内にいたお蘭の方です。
「御前、いいかげんにあそばせよ」
と言って、ここにはじめて内からカラリと戸をあけて、同時に、しどけない自分の半身をもこちらへ見せたものですが、もうお茶番はすっかり済みました。
第一、登場役者がそこにいませんもの……お蘭の方も、少々こちらの薬が効き過ぎたことを多少気の毒の感に打たれた時……すーっと自分の身が引き寄せられ、夫婦竹の中に吸いこまれたことを感じ、
「あれ――そんなお手荒く……」
と言ってみたものですが、その声がフッとかき消されてしまって、その身は獅豹《しひょう》に捕えられた斑馬《しまうま》のように、ずるずると芝生の上を引きずられて行くのを見ます。身体《からだ》が引きずられて行くから、帯も、下締のようなものも、一切がずるずると引きずられて、そうして植込の茂みの方へ消えて行ってしまうのです。
それっきりで、何とも叫びを立てないから、静かなことは一層静かになってしまいました。
三十六
これより先、代官屋敷からは程遠からぬ三本松の辻に辻待ちをしていた二梃の駕籠《かご》、都合四人の雲助が、客を待ちあぐみながら、こんな話をしていました。
「今日、三福寺の上野青ヶ原へ農兵の調練を見に行ったかよ。行かなかった、行かなくって仕合せだったな」
「それはまたどうして」
「どうしてったって、調練は調練でいいが、見たくもねえ景物を見せられちゃって、胸が悪くてたまらねえ」
「手前《てめえ》らしくもねえ、鉄砲の音で腰でも抜かしたか」
「いいにゃ、そんなことじゃねえ」
「どうした」
「どうしたったって、鉄砲で人間がやられたのを、今日という今日、眼の前で見せられて、おりゃあ夕飯が食えなかったよ」
「そうか、何だってまた、人間が鉄砲で打たれちまったんだ」
「それがつまりお仕置よ。何か手癖が悪くて仲間の物を盗《と》った奴があって、それが見つかったものだ。ふだんならば、何とかごまかしが利《き》いたかも知れねえが、お代官がお調べの調練だ、なまぬるいことじゃ示しにならねえというようなわけで、そいつを原っぱの真中へ立たせて置いて、その組の農兵が三十人、銃先《つつさき》を揃えて、打ったというわけなんだ」
「そいつは事だ、うむ、泥棒こそしたが、もとはといえばみんな知った顔で、近
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