ことですから、その上下を震駭させて、凄惨なる人気をわかしてしまったのも無理はありません。
 右の生首は、このところで討ち捨てたものではない、よそから持って来て捨てたものであろうと思われる証拠には、その近所に、これにつながるべき胴体が発見されないことで、首だけが無雑作に投げ出されてあることの理由はよくわからないのです。
 これが、前に言う通り、昨今の京洛の本場であってごろうじろ、たとえ一箇にしろせっかく取った生首を、こんなに不経済に扱うはずはない、必ず相当の勿体《もったい》をつけて、足利三賊の首、斬って以て征夷の軍門に供えるとかなんとか、物々しいスローガンをくっつけて、時代の感情に当て込むに相違ないが、そんな芝居気は一向なく、惜気もなく抛《ほう》り出してあるということが、疑問といえば疑問です。
 なにもそんなに粗末に投げ出していいものならば、わざわざ土地の目抜きの橋の上へ持って来て捨てなくとも、有合せの溝へでも、藪《やぶ》へでも捨ててしまえばいいのに、こうして土地の目抜きの橋の上まで、わざわざ持って来て捨てた以上は、半ば以上は、梟《さら》し物《もの》の意図を含んだ所業と見なければなりますまい。
 梟し物にしてやる多少の意図を含んでいるにしてからが、せめて、もう少し高く、欄干の上へでも載るようにして置けば、その目的の効果は、もう少し揚ったであろうと思われるのに、橋の平板の上へ、不細工に転がしたまでのことですから、周囲の人通り、人だかりがグルリと場を取ってしまえば、後客《あときゃく》は木戸銭を払っても見ることができない、さりとは知恵のない梟し方と見なければならぬ。
「ああ、この生首は土を食っていますな、あれごらんなさい」
 眉を集めた老人が目を覆いながら言う。なるほど、この生首の口のあたりには、いっぱいに砂利がついている。
「斬られた途端に首が飛んで土を噛《か》んだものですね。よくあるそうですが、土を噛んだ首は、きっと祟《たた》りがあるそうだから」
 土を噛まない首だとて、こう粗末に扱われては、ちっとやそっとの祟りはあるだろうが、それについて物識《ものし》りが附け加えて言う、
「土を噛んだ首は、きっと祟るもので、浅右衛門なんぞもそれだけは、首供養をするそうだが、そのお呪《まじな》いとしては、その場で、男ならば左の足、女ならば右の足を、十文字に切って置きさえすればよい……」
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