がいいかも知れない。竹の笠と、半合羽《はんがっぱ》と、カルサンと、藁沓《わらぐつ》といったようなものが、取揃えられてあるのを見ると、あれをお借りしようという気になりました。
 あれですっかり身ごしらえをして行けば中身は何でもかまやしない、ちょうどあんなふうにして、近在や山方から出て来る娘さんの姿をよく見かける、この辺ではかえって、あんなにして出た方が目につかなくていいと思いました。

 まもなく、笠と、合羽と、かるさん[#「かるさん」に傍点]で、町へ下りて行くお雪ちゃんの姿を見ました。
 なるほど、こうして行く方がこの辺では目に立たない、笠の中をわざわざ覗《のぞ》いて見ない限り、見咎められるはずはない、また、見咎められたとて必ずしも暗いこともないけれど、この方が安心だと、自分も思い、周囲のうつりもよかったのです。
 そうして、無事に、久しぶりに町へ出て見ましたが、焼跡の工事もかなり進んでいる。どこでどう買物をしていいか、ちょっと戸惑いをするが、ほぼ勝手を知った宮川筋を上って行くと、そこに一つの大きな小屋が立っていて、その小屋が全部、公設市場のようになっているのを見ました。
 これは、火事あとへ直ぐに出来た「お救い米」の小屋であったことをお雪ちゃんも知っている。今は、「お救い米」の時は過ぎたが、そのあとが、白米をはじめ諸日用品の廉売所となっていることは今はじめて知りました。
「お救い米」が済んだ後で、諸色《しょしき》が高くなるにつれて、売惜み、買占めをする奴がある、それを制するためにお代官が建てたものだということまでは知らないが、ともかく、この市場へ入れば、大抵の物は買えるような組織になっているのだという目利《めき》きは直ぐにつきました。そこで、お雪ちゃんは、遠慮なくこの市場の中へ入って行きました。別段に恥かしい思いなんぞはなく進入することのできたのも、この臨時の仮装の賜物《たまもの》、なるほど、自分同様の装束をした近在山里の女連が、ずいぶんこの中にいますから、心強いようなものです。
 お雪ちゃんの主なる目的としては、小豆とお頭附きを買うことにあるのです。小豆は直ぐに用が足りたけれども、お頭附きは何を買っていいか、ちょっと惑わされて、あれこれと見つくろっている。
 そこへ、お代官のお見廻りがあるというので、市場のうちがざわめいて、またひっそりとしてしまいました。売る者
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