する義務として、わざわざ注意して、頼みもしないのに進行を止めて、垂《たれ》まで上げて見せようとする。それにぜひなく人垣の隙間から主膳が見ると、苦りきってしまいました。
 生曝《いきざら》しの坊主が数珠《じゅず》つなぎになって曝されている。

         八十二

 それを見ると、苦りきった主膳は、いったん、舌打ちをしてみたが、何と思ったか、急に兎頭巾《うさぎずきん》を取り出すと、それを自分の頭にすっぽりかぶって、
「坊主の生曝しは近ごろ珍《ちん》だ」
と言って、乗物から、のそのそと出て来ました。
「御覧になりますかねえ」
 駕籠屋どもは、公設の曝し物の前を乗打ちをさせては、乗主に申しわけがないというお義理から、ちょっと進行を止めてみたのが、乗主は意外にも、それに乗り気になって、のこのこと駕籠を出たものだから、少し案外に思っていると、主膳はズカズカと人混みの中へ行って、その坊主の生曝しを、兎頭巾の中からじっと見据えてしまいました。
「旦那様――」
「よろしい、貴様たちは、もう勝手に帰れ」
「築地の方は、どういたしましょう」
「少し寄り道をして行くから、貴様たちはこれで帰れ」
 主膳は、相当の賃金を与えて、乗物をかえしてしまいました。
 そうして、人立ちの中へ分け入り、自棄《やけ》になって、思い入りこの曝《さら》し物《もの》を見ている。
 都合、五人の坊主が、杭《くい》に縛りつけられて、筵《むしろ》の上に引据えられて、縦横無尽の曝し物になっている。
 その背後には高札があって、何故にこの坊主共が、こうして生曝しにされていなければならないかの理由が記してある。それを読むまでもなく、神尾主膳は、
「千隆寺の坊主共だな」
 千隆寺の坊主というのは、根岸の自分たちのつい近所にいて、立川流とかなんとかいって、子を産ませるお呪《まじな》いをする山師坊主の群れだ。しかもその親玉の敏外《びんがい》という奴は、自分の昔馴染《むかしなじみ》の友達であった。だが、ここには、その親玉の坊主はいない。その取巻や下《した》っ端《ぱ》、現に自分のところへ、親玉を置いてた時分に、よく秘密の使者にやって来た若いのも、現在ここにいる。
「見られた醜態《ざま》じゃねえな」
と主膳が、自分の古傷を、自分で発《あば》いて興がるような心持で、その坊主共の面《かお》を、いちいち頭巾の中から見据えていました。
 曝し物というものは、見せるために据えつけて置くのだから、いくら見据えたところで、文句の起るはずはないが、主膳がこうして痛快な気分で、「見られたざまじゃねえや」――巻舌をしながら見据えているのは、その気が知れないことです。
 主膳としては、こいつらが、覿面《てきめん》の仕置を蒙《こうむ》って、見せしめになっていることに向って、官辺と市民の制裁が至当であることを、世道人心のために我が意を得たりとして、見ているわけではありますまい。といって、気の毒なものだ、さして腹のある奴等でもないのに、山師に操られて、心ならずも深入りしたために、仮りにも出家僧形の身を、こうして万人の前に曝し物にされている、ともかくも、何とかしてとりなしてみてやりたい……というような臆測の気分で見ているはずもない。
 だが、見られたザマじゃあねえや……という呟《つぶや》きの下には、たしかにイイ気味だ、どうだい、そうして曝し場の道に坐っている坐り心地は、どんなものだい……といったような意地悪い色が、眼の中にかがやいている。つまり、神尾主膳は、痛快な残忍性をそそりながら、その曝され物が、ことに多少は自分の身に近いところから出たということに、一層の快味をもって、飽かず見据えている、と見るよりほかはありません。
 そのうちに、人だかりの中から、
「なあんだ、なまぐさ坊主のくせに、いやに好い男でいやがらあ、向うにいるあの坊主なんざあ、羽左衛門そっくりだぜ、大方坊主と見せて、蔭間《かげま》でもかせいでいたんだろう」
という職人の悪口が、主膳の耳にとまりました。
「蔭間だ、蔭間だ、坊主抱いて寝りゃめっちゃくちゃ[#「めっちゃくちゃ」に傍点]に可愛い、どこが尻やら、ドタマやら」
 この声で、人だかりがドッと笑いました。

         八十三

 幾時の後、吉町《よしちょう》の金筒《きんづつ》という茶屋の一間で、酔眼を朦朧《もうろう》とさせている神尾主膳を見る。
 次の間には、抜からぬ面で御機嫌をうかがっている野だいこの金公を見る。
「金助、おれは何を見ても聞いても、このごろはさっぱり面白くないんだ」
と主膳が言う。金助ベタリと額《ひたい》を一つ叩いて、
「頼もしうござんせんな、御前《ごぜん》なんぞはまだ、勘平さんの頭を二つか三つというところでげしょう、三十九じゃもの花じゃもの、まだまだ花なら蕾《つぼみ》というところでいらっしゃいます、それに何ぞや、この世が面白くないなんて、心細いことを御意あそばすようでは、金助如きは、世間が狭くなって、もう一寸たりとも、お膝元が歩けません、いざ改めてお発《はっ》し下さいませ、行道先達《ぎょうどうせんだつ》、ヨイショ」
 金助は相変らず、アクの抜けないお追従《ついしょう》を並べて、得意がっている。
「見るもの、聞くものが面白くないばかりか、何を見ても、聞いても、癪《しゃく》にさわることばっかりだから、今日は、ここへしけ込んだを幸い、貴様を呼び寄せて、横っつらをひっぱたいてやろうと思っているのだ」
「これは驚きやした!」
 金助は頬をおさえて、やにわに飛び上るような恰好《かっこう》をし、
「気がくさくさするから、金助を呼び出して、うんとひっぱたいてやろうなんぞは、全く恐れ入ります、ひっぱたく方の御当人は、それでお気が晴れましても、ひっぱたかれる方の金助の身になってごろうじませ」
 金助は、仰山な表情をして、痛そうに頬を押え、
「しかしまあ、殿様、金助如きが面《つら》でも、打ってお心が晴れるなら、たんとお打ちなさいまし、金助、殿のお為めとあらば、横っ面はおろか、命まで厭《いと》いは致しませぬ」
「じゃ、なぐるぞ」
「さあ、お打ち下さいまし」
「いいか」
「はい、殿のお為めとあらば、骨身を砕かれても厭うところではございませんが、それに致しましても、なるべく痛くないようにお打ちを願います、ヘボン先生に足を切らせると、痛くないように切って下さるそうでげすが、あの伝でひとつ……」
「それ、面を出せ、横ッ面を……」
「はい、なるべく、どうか、そのヘボン式というやつで」
「いいか」
「是非に及びませぬ、こんなことだろうと思って、家を出る時に、女房子と水盃をして出て参りました」
「泣くな」
「泣きゃいたしませぬ」
 金助は覚悟をして、なめくじのような恰好をし、頬のところを主膳の方に差向けて、すっぱい面をしながら、
「いつぞやは、御新造様に打たれました、あれはあまり痛みませんでございました。その前は女軽業の親方に打たれましたが、女とはいえあの方は、ちっと薬が強うございました。女とは申せ、あの女軽業の親方なんぞは気が荒うげすからな、自然、痛みの方も激しうげしたが、そこはそれ、痛みが強いだけ、利《き》き目の方もたしかなものでげしてな、この風通《ふうつう》と、このお召と、それから別にお小遣《こづかい》が若干……」
「たわごとを言うな、それ、行くぞ」
 神尾主膳は、思い切って金助の横っ面を、ピシャリと食《くら》わしたが、
「あっ!」
 その途端、金助は仰山に後ろへひっくり返る。平手で横っ面をひっぱたかれたにしては、手当りが少し変だと思うも道理、金助が横ッ倒れに倒れた周囲には、山吹色の木の葉のようなものが、あたりまばゆく散乱していたから、眼の色を変えて起き直り、
「こうおいでなさるだろうと思いました、骨身を砕くだけのものは、たしかにあると、こう信じたものでげすから……へ、へ、へ、金助の眼力《がんりき》あやまたず」
 金公は驚悦して、その山吹色の、木の葉のようなものをかき集めにかかる。

         八十四

 山吹色の、木の葉のようなものを懐ろへ入れて、すましこんだ金助に向い、
「金公、おれは今日、日本橋で変な曝《さら》し物《もの》を見て、胸が悪くってたまらないのだ」
と言って、神尾主膳は坊主の生曝しのことを話し、
「全く、イヤな物を見せられたが、坊主の生曝しというやつはまた痛快なものだ。いい気味だと思って、わざわざ駕籠《かご》から下りて穴のあくほど見てやったが、全くいいザマではあったが、小癪にさわることには、その坊主共が、曝し物のくせに、イヤに男っぷりがのっぺりしてな、あいつは蔭間《かげま》だろうと見物が言っていた」
 それから急に胸が悪くなったが、いっそ胸の悪くなったついでに、一番、その蔭間というやつを、おもちゃにしてみてえ。
 今でこそ、蔭間は法度《はっと》になっているが、そこは裏があって、吉町へ行けば、古川に水絶えずで、いくらでも呼んで遊べる、ことに、この金筒のお倉婆あ、その方に最もつて[#「つて」に傍点]があるとのことだから、やって来たのだ、金公、貴様お倉婆あと相談して、よきに取計らえ――と主膳が言う。
 それを聞いて、金公が心得たりと小膝を丁と打ち、呼べる段ではない、この金筒のお倉婆あこそは、今は蔭間専門を内職とし、ここへ申しつけさえすれば、到るところに渡りがついていて、舞台子、かげ子、野郎の上品下種《じょうぼんげしゅ》、お望み次第だということ、その来歴、遊び方、散財の方法なんぞを、心得顔に並べるのがうるさく、神尾は、ちょうど傍へ来合わせた三毛の若猫を取って、それを上手に投げると、得意になって振りたてていた金公自慢の髷《まげ》つぶしに、その猫が取りつく。
「あいつ、あいつ……これはまた恐れ入りやした、悪い洒落《しゃれ》でございます。猫を背負うとてお背中をかっかじられやせぬものを……これこれ、わりゃ、身共がつむりを噛《か》んで何と致す」
 金公は、頭へのせられた猫を取下ろそうとしたが、猫が髷に爪をからんで離れない。金助がいよいよ騒げば、猫がいよいようろたえる。その結果はさんざんに、髷と額をかっかじる。
「こりゃこれ、男の面体《めんてい》へ」
とかなんとか言ったが追附かない。
 それを見て神尾は、面白がって笑う。
 結局、金公は、自力ではこの猫を自分の頭から取外《とりはず》すことができないことになる。取外して外せないことはないが、強《し》いてそうすれば、自分の髷を全部犠牲にしなければならぬ、その上、この頭の部分に負傷する虞《おそ》れもあるから、今のところでなし得ることは、じっと動かないよう、猫を頭の上に載せたままで、両手をあげて抑えているだけのものです。
 抑えられた猫は、その窮屈に堪えないで動こうとする。そのために、痛い思いを我慢する金公の面を見て、主膳が大声をあげて喜ぶ。
 結局、金助は、この場にいたたまらず、猫を頭に載せたままで、下の座敷へ向って逃げ出し、誰ぞもう少し好意を持った相手の力を借りることよりほかに、最上の道はないことを知った。
 そうして、金助を追払ってしまった後の神尾主膳は、脇息を横倒しにして、それを枕に天井に向って、太い息を吹きかけながら横になりました。
 男色を弄《もてあそ》びに来たということが、愉快を買いに来たのではなく、男性というものの侮辱ついでに、もう一歩進んで侮辱を徹底させてやれ、というような残忍性が、主膳をこんなところに導いたものである。侮辱というけれども、この場合、主膳自身が侮辱されたわけではないが、侮辱されている男性の端くれを、日本橋で見たのが、男色を商《あきな》うやからに似ていると言われたついでに、男性が男性を侮辱するも一興だろう、とこんな謀叛心《むほんしん》で――ここへやって来たものだから、なにも特別に執着を感じてはいない。
 横になって、そうしてやっぱりこの倦怠した、この不安、不快な気分をどうしようという気にもなれない。
 結局、酒に限る――酒に落ちゆくよりほかののがれ[#「のがれ」に傍点]場はないというに帰する。

        
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