その姿を見た時は、打ち殺し、打ちひしぎ、裂き砕いて、この世での存在はもとより、想像をさえも掻《か》き消したがるほどの関心を持っているのに、竜之助は、あのおしゃべり坊主に対しては、水の如き執着をしか持っておりません。
甲州の月見寺で、むらむらと彼を斬りたくなり、その身代りに卒塔婆《そとば》を斬った途端に、その執着が水の如く、身内を流れ去って以来、彼の存在を、あまり気にしているということを知りません。
そのほか、考えてみれば、自分は、自分に降りかかって来る者のほかには、不思議に執着を持たない身であることを感ぜずにはおられません。むらむらと自分の身に湧き出す、如何《いかん》ともすべからざる力に、ふと外物がひっかかった時が最後――そのほかには、自分は憎むべくして憎むべき人を知らない、殺すべくして殺すべき人を知らない。
こんなことを、うつらうつらと考えている時に、外で声がしました、
「先生、喜んで下さい、久助さんがいましたよ、見つかりましたよ」
さも嬉しそうな呼び声、焼跡へ出かけて行ったお雪ちゃんが帰って来たのです。
その、たまらぬほど嬉しそうな声によって見ると、お雪ちゃんは、久助を焼
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