れながら、河原道を飛んで、時には、水たまりへぐちゃりと足を入れたりなんぞして、前をながめ、後ろを顧みながら辿《たど》って行くと、草むらの中に、ひときわ白いもののあるのが眼につきました。
「おや?」
 白い、長い、箱のようなもの、遠火の光にあおられてありありとそれを見出したのは、やっぱり長い箱に相違ありません。
 長持にしては白過ぎると思いました。
 でも、それが何のために、こんなところに存在するかを想像するのは難事ではない。大事なものを持ち出して、ワザとこんな遠くへまで置きっぱなしにして行ったのは、もうげんじ[#「もうげんじ」に傍点]たわけではない。火事に顛倒して、我を忘れた狼狽の沙汰ではない。荷物を持ち出す時の目測では、もうこの辺まで持ち出せば大丈夫、と安んじていたものが、いつしか、火勢に先んぜられて混乱の渦に没してしまうことが多い。そんな途方もないところまで運ばなくてもと、物笑いになるほどの心配がかえって賢明に、安全を贏《か》ち得るということはよく経験するところです――お雪ちゃんは歩むともなく、その置きっぱなしにされた白い、長い箱の傍に寄って見ると、果して長持ではない。
「おや――
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