女は女で……と感ずると共に、男である以上は、こんな不自由な身であっても、胆の据え方というものが違うのじゃないか知ら――とお雪ちゃんは、今更のようにそんなことを感じ、一時《いっとき》、こんな気持でボンヤリしましたけれども、いつまでもボンヤリしている場合ではなし、
「では、先生、一走り行って参りますから」
と、三たび暇乞いの言葉を残して行こうとしますと、竜之助が、
「お雪ちゃん――草履《ぞうり》をはいておいでなさい」
と心づけてくれました。
「まあ」
そんなこと、細かいことまでわかるのかしら……お雪ちゃんは、眼のあいた人と、眼のあかない人との地位が、顛倒しているのではないかと思いました。
二十九
そうして置いてお雪ちゃんは、再び火事場へ取って返しました。
たいした風はなかったのですけれども、乾ききっていたところへ、消防の手が不足のせいだったのでしょう、火勢はいよいよ猛烈で、ほとんど手のつけようがない有様でした。
橋を渡って、火が対岸へ燃えうつろうとしているのを、必死で支えるだけが消防隊のする全力の仕事のようでした。
ですから、ほとんど火事場へは寄りつけない、
前へ
次へ
全323ページ中91ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
中里 介山 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング